1週間分の子育て#136を公開しました こちらから

わたしのこと8(救出保護脱走)

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妻のおかげで「誰かと一緒なら外出できる」状態でいられたけど、その時の妻の苦労は妻にしか分からない。
最近になって「あれだけは理解できなかった」と言われたことで知ることもあるので、当時の私なんて妻の思いを1ミリも理解していなかっただろう。

「誰かと一緒なら外出できる」状態でいさせるために妻がしてくれた事は、私の救出活動と保護活動だった。



救出というのは「お迎え」という意味で、外出が出来なくなった私を片道1時間以上かけて迎えに来てくれた。
合流した後は、久しぶりの外の世界に動揺気味の私を、外に馴染ます為の慣らし時間(お茶や街ぶら)を過ごして、その後でもう一度1時間かけて保護施設(妻の家)まで移送していた。

妻の家では保護活動が始まる。
妻の家にはご飯もお菓子もあって衣食住に何も不満がない場所で、それどころかゲームまであるという最高の環境だった。

しかし、何よりもありがたかったのは私の状態に対して
「一緒にいて大丈夫なら、いつも一緒にいたらいい」とシンプルに向き合ってくれたことで、
二人で過ごす時間に妻の「何とかしてあげよう」という強い思いを感じなかったからか、コンビニで買い物する時もカフェでお茶する時も、電車に乗る時もどんな時も、一人で何でも出来ていた頃の自分のような時間を過ごせていた。

とはいっても、この時の妻に何か計算があっての行動だったとも思えない。
物事をあまり深く考える性格では無いし、「私と会う為に必要なことをして、楽しく遊んでいただけだった」とも言っている。

そんな良い条件が整っていたのに、私の一人で外出できない状態は数年間治らなかった。
理由は「脱走」していたからで、妻がいまだに理解できない事もこのことらしい。

週末一緒にいたのに、妻が仕事に出かける月曜日になると私は1人で家に帰っていた。
一人で外出できないはずが……週末の二日間で外の世界に慣れるみたいで、月曜の朝になると得体の知れないパワーが湧いてきて、やけに前向きになって、全てが大丈夫な気がしてきていた。

要は調子に乗ってしまう。

厄介なのは、大丈夫な気がするのは家に帰るまでということ、結局次の週末には救出してもらわないと外に出られない。



家に帰らないで、妻の家に居続けた方が状態も良くなるはずなのに、私にはそれができなかった。

理由は私の性格で、子供の頃から家族以外の人と長時間一緒にいられない。

どんなに仲のいい友達と遊んでいても2〜3時間経つと一人になりたくなる。
家に遊びに来てくれたら、その瞬間から早く帰って欲しい。
誰かの家に行ったら、いつ帰ろうかと考えている。
終電がなくなって朝まで誰かと一緒にいるくらいなら何駅だろうと歩いて帰ることを選ぶ。


このくらい他人と居るのが苦手。

妻がどんなに居心地よくしてくれても帰りたくなってしまっていた。

私としては週末の2日間も一緒にいられる人なんて、今まで一人もいなかったくらいのすごいことなのに……
この脱走理由を今も妻は理解できないようだ。

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