息子の名前は私が考えた。
思いを込めた名前を命名書に達筆な字で書いてあげられたらいいのに……そう思っていても苦手なことのトップ5に入るほど字を書くことが苦手なので、命名書は妻の担当になった。
名前を発表したのが入院の前日で、その日のうちに急いで練習を始めた。
けれども、久しぶりの毛筆に苦戦してなかなか納得のいく字が書けず、何度も書き直した。
妻の性格的に妥協することは無いので、入院前日ということも関係なしに、納得がいくまで何時間も書き続けて、部屋中が失敗の紙で溢れるほどになったころで、ようやくコツを掴んだようだった。
ところが、すでに夜も遅くなっていて翌日の入院のことを考えると清書は出産後ということになっていた。
育児の合間に少し時間ができたので命名書を書くことにしたらしい。
1枚目、2枚目と書いてみたけど、納得のいかない顔をしている。
一週間ぶりということもあって、出産前につかんだ感覚やコツが残念ながらリセットされたようだ。
妻は妥協はしない性格。
頼んだのは私。
出産前のように長時間の練習を覚悟した。
その間の育児は私が普段より頑張ることで、妻が納得のいく命名書を完成させるまで付き合うつもりだった。
ところが数枚書いたところで筆をおくと、こっそり保存してあった出産前に書いた一番いい感じの字を取り出して清書用紙の下にさっと忍ばせた。
そのままその字をなぞって……「はい完成」
勘が戻らないとわかったら、あっさり見切りをつけて躊躇なくズルして仕上げて、さっさと授乳をはじめた。
息子という大切な存在ができると、人は性格まで変化するのだろうか……
とりあえず、息子の側にこの命名書を飾ってみたけど、なかなかいい感じだ。